2012.7
学校の旅行で行ったので移動はバスに乗ってるばっかりだったんですが
敦煌から、榆林窟というとこに向かう途中。
ずっといたら意味もなく悲しくなってしまうくらいなにもなくて、
右だったか左だったかに現れる電線にやたら感動してしまう。
この道路だってそう。
人工物はぜんぶ、だれか一人一人の手によって作られたんだよなあ。
そういえばむかしあめりかのDeath Valleyにいったときもすごく寂しい気持ちになったのをおぼえている。
実際そうなってみないとわからないさみしさってあるものだ、いま、あのときさみしくなったよなあって思い出しはするけれどあのとき実際に感じたさみしさがどういうふうだったかって具体的には全く思い出せないのです。これは風景があっての感情で、写真があるからこうやって少しは思い出せるけど、日常のなかでのいろんな気持ちって簡単に忘れていくもんだよなー、と、この写真を見返しながら、おもった。
スクリーンショットしたのがばればれだけどもうめんどくさいので撮り直しません。